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2008年 03月 16日
今年初めに予算の調整が出来、地元のゼネコンさんと無事工事請負契約をしました。
早速契約した当日に地鎮祭を無理言ってやってもらいました。 これで連休前には竣工するかと思いきや、何とその敷地が国立公園内だと言う事が判り慌てて国立公園内に新築する許可申請を提出しましたが、中々許可が下りません。熊本県から支給されている県産材をもらっている為に、3月25日までに上棟しなければなりません。ヤキモキしている中、3月11日付けで許可が下り、ようやく着工です。 この敷地が国立公園内であるということは、誰も知らなかったようです。 私の町役場での事前調査でも、都市計画外だということで何も申請は要らないと言う事でした。 その敷地を買った施主も、国立公園内であるということを知らずに買ったようでした。 地鎮祭の当日、隣の方がここは国立公園内なので申請しましたかと教えてくれたので、ビックリ仰天でした。それも最近になって判った模様で、すでに知らずに立ててしまった家が数件ある模様でした。 不思議な事もあるものですね。 3月18日に基礎の配筋検査ですので、前日の17日月曜日天草へ行ってきます。 この住宅は、私の生まれ故郷の天草に建てる事になったもので、東京の施主が天草に移り住むと言う為の家です。敷地調査の為に数十年ぶりに訊ねた天草は、景色は沖縄に似て近くには温泉まであるとても良い所でした。 住宅の構成は、音楽好きな施主が仲間を集めてミニコンサートが出来るように考えて中庭を設計しています。その中庭を取り囲むようにリビングや個室が配置されています。 全体の模型写真です。 道路側の北側からの眺めです。真中が玄関です。 2枚目と3枚目は反対の南側から見たら、こうなります。 どのように仕上がるか、楽しみです。 #
by kobayashieiji0011
| 2008-03-16 00:40
2008年 02月 09日
昨年の暮に中学の同窓会があり、いつものように食事をした後でカラオケと言う事で、僕の行きつけのスナックに皆を連れて行きカラオケを楽しんだ。 次の日に、その同級生の一人からメールが届いた。 「吾亦紅が僕に似合いそうなので、是非覚えて今度聞かせて欲しい」と書いてあった。 早速、YOUTUBEで検索しお気に入りにして何度か聞いて覚えた。 作曲が杉本真人で、彼の作った曲はどれも群を抜いて素晴らしいので覚え甲斐があった。 吾亦紅/杉本真人 聞いてみて下さい。 作詞がちあき哲也で、母を思いやる詩が書かれているのだが、男にとって幾つになっても子供のように母を慕う気持ちが素直に歌われている。 花は、どんな花かご存じない方もいるかも知れないので参考までにリンクを張りました。 吾亦紅 先日、熊本主張の帰りに別府の両親の所へ寄った。 2・3日いて、東京へ帰る前日に母と話しながら夕食をとった。 母はとても元気で、ゲートボール等も走り回っているほどなのだが、多少そそっかしいところがある。 年老いて転ぶと骨折するので、十分注意するようにと念を押して帰ったのだったが・・・。 次の日ダンスパーティーがあり、出掛けて行き楽しんだ翌日、泊っていたホテルでスリッパが引っ掛かり転んでしまい、腰の骨を折って入院してしまった。 一週間後私はまた熊本出張があり今度はトンボ帰りする予定であったが、母の様子が気がかりだったので、また別府へ立ち寄らざるを得なかった。 2・3日は入院先でヒーヒー言っていたようだが、4・5日すると大分落ち着いたようで早く歩きたい等と言っていた。 コルセットが20日程で出来るので、それが出来ると歩けるようになり退院出来ると言って笑っていた。 一段落したのを見届け、明日東京へ戻るからと告げるとベッドの中から母が「私が言うのは可笑しいけど、怪我しないように気をつけるんだよ」とハニカミながら言った。 普段声に出して笑う事の少ない私が、大きな声を出して笑ってしまった。 親にとって、子供は幾つになっても子供のようですね。 #
by kobayashieiji0011
| 2008-02-09 00:43
2008年 01月 26日
先日熊本出張の時 普段乗らない安い飛行機で行ったら、これまた普段通らない道(?)を通り、思いがけぬ富士山の真上を通過しましたので、慌ててデジカメを取り出して撮影したものです。 こんな富士山。見た事無いです!! どうです?ほぼ真上からの富士山。素晴らしいでしょう? まるで、スーパーマンになった気分でしょう?(笑) 明後日、また同じ飛行機に乗りますので、また同じ景色が見れると思います。 今度は、もうちょっと雪が積もっている事でしょう。 #
by kobayashieiji0011
| 2008-01-26 23:19
| 私の日記
2008年 01月 15日
天草出張の帰りに、JRの熊本駅から九州横断特急に乗って別府へ向かった。
その車内に若く可愛いらしい女性の車掌さんが乗っていて、乗車券のチェックに来たりジュ-ス類の販売をしたりしていた。私がビールを注文して、届けてくれた帰りの事だった。 彼女の後ろ姿が突然、視界から消えた。 注意して見ると、床に落ちたゴミを拾ってポケットに入れているようだ。2・3度しゃがんでゴミを拾うと、今度は天井の空調の吹き出し口に手をかざし、吹き出し口の温度がちょうど良いかどうかを調べていた。 そんな後ろ姿に、この特急の全権を担っていると言う自覚が感じ取れた。 そんな光景を見ているうちに、目頭が熱くなりウルウルになってきた。どうも年をとると涙脆くなっていけないなと思いながら、その訳を考えた。 どうも涙腺があまくなっただけでは無さそうだ。 私の場合、小児麻痺の女性が病気を物ともせず、一生懸命競歩の練習をして上位入賞するTVを見た時等、涙が止まらない事があった。人が一生懸命になってる姿には、大概涙する様だ。 ようするに、かつて自分も持っていたが現在失われてしまった情熱への惜別の涙なのだ。 先の車掌の様に、私も細心の注意を払っていたはずなのに・・・。 あの障害を克服すべく頑張っている人に負けない位、俺も頑張って居たはずなのに・・・。 そんな涙なのだ。歳はとりたくないものだ。 もうすぐ終点の別府だと、車掌のアナウンスがあった。 #
by kobayashieiji0011
| 2008-01-15 01:12
2008年 01月 01日
昨年はコメントを頂き、ありがとう御座いました。今年もよろしくお願いします。 この写真は、昨年の暮にギリギリ竣工した東京の「アパート+住宅」の写真です。 施主に120点だと喜んで頂き、思いがけない初めてのお褒めの言葉に、この仕事を選んで良かったなと感動しながらも今年も頑張らねばと、普段の遊び心を嗜めている所です(笑)。 #
by kobayashieiji0011
| 2008-01-01 00:49
| 私の日記
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